英語の勉強の切っ掛けになったパーティ

私の外国人の方との交流といえば、いつも思い出すことがあります。大学生の時、大学の留学生歓迎パーティに参加したことがあります。それまで田舎で育って外国人の方と一度も交流したことがなく大学生になったので、外国人の方と交流するのは初めてでした。

お友達に誘われて参加したのですが、会場では何もできずに壁の花だったのを覚えています。
当時は英語がほとんどできなかったのもあったし、外国人の方とおしゃべりしようという度胸も無かったんですね。

海外ドラマなどを見ると、外国ではパーティ文化のためみなさんパーティ慣れしていて、堂々としています。日本人はパーティに参加する機会がないからか、いざパーティで何をしたら良いかどぎまぎしてしまう人が多いと思います。その時の私もそのとおりで、交流などまったくできず食事だけして帰りました。

ほんと良い機会だったのに、もったいないですね。外国の方に言わせると、日本人は伝わらなかったらどうしようと考えすぎだということらしいです。構えることなく、伝えようという気持ちがあれば交流もできるし語学も上達するはずですよね。

私は、何もできなかったパーティを機に「外国人の方と交流するためにはまず語学から!」と奮起し英会話教室に通うようになりました。英会話は趣味として、今でも続けています。私のやる気を引き出してくれたそのパーティに今ではとても感謝しています。

今も、外国人の方と日常的に交流する機会はそれほど無いのですが、海外旅行に行く時や、街でふいに道を聞かれたりと、そういうときに勉強したことが役に立っています。


渋谷のスターバックスでの出会い

私は英語が好きで、大学も英文科を専攻していました。
しかし、社会人になってから職場で外国の方と交流する機会は滅多になく、
英語力の衰えを感じていました。

知り合いの友人は、英語力をつける為に外国人のルームメイトを見つけて
英語力を身に付けました。
かと言って危険性もあるので私はそんな行動を取る勇気も持てず、
日常生活の中で何とか知り合えないかな?と思いながら過ごしていました。

そんな時、2年程前の話になりますが、私は渋谷で一人買い物をしていて、
帰りにスクランブル交差点前のスターバックスに寄って
温かいコーヒーを注文しました。

この店舗はいつも混んでおり、分かってはいましたが、
この日もスタンディング席で一人お茶をしていました。

すると金髪の少し年上に見える外国人の女性がやってきて、
空席が見つからず店内を歩き回っていて、一瞬目が合ってしまいました。

スタンディング席ではありますが、
もう一人がコーヒーカップを置く事は出来るスペースです。
私は「どうぞ。」の意味を込めてニコっと笑いかけました。

女性は嬉しそうに近付いてきました。
英語で「合席してもいいですか?」と訊かれ、「もちろんどうぞ。」と答えました。

見知らぬ者同士の気まずい沈黙が流れます。
何か話しかけようかな、と思った瞬間、女性の方から話しかけてきました。
そこから私達の長い会話が始まりました。

女性はカナダからの留学生でした。
日本語は殆ど話せないので英語だけでの会話でしたが、
久しぶりに英語を使えて、
また意外に意思疎通が出来たので嬉しく思いました。

私達はすっかり意気投合していました。
気付いた時は終電ギリギリになっており、コ
ーヒーはとっくになくなっていました。
私達は連絡先を交換し、その後も会う約束もしました。
こんな出会いもあるんだな、と嬉しい経験でした。


中国語を教えてくれた彼女

小さい頃から中国に憧れていた私は学生時代に中国語を勉強していました。
中国語に自信が無いものの、
何とか身につけたいと思い留学をすることにしました。
いざ行ってみると中国語で行われる授業に
なかなか付いて行けず悩むことになりました。

そんな時に担任の中国人の先生が
「日本語を勉強したがっている中国人の学生がいるから一緒に教え合ったらどう?」
と提案してきました。
ちょっと考え込む私に先生は「とりあえず会ってみなさい」と
言って強引に決めてしまいました。

その日の午後に待ち合わせをした場所で待っていると
可愛らしい女性が走ってきます。
あきらかにまがい物と分かる
ミニーマウスがデザインされたシャツを着ていたのが印象的でした。
私が中国語で自己紹介をすると、
彼女もたどたどしい日本語で自己紹介してくれました。

彼女とはその日に少しずつ言葉を教え合ったのですが、
これからもずっと日本語を教えて欲しいと頼まれたのでオーケーしました。
それからは毎日数時間お互いに言葉を教え合う関係となりました。

しばらく経つと彼女から大きな動物園があるから
一緒に行ってみないかと誘われました。
前から行ってみたいと思っていたので行くことになりました。

とてつもなく広い敷地にある動物園で彼女と歩いていると
腕を組んでも良いかと聞いてきます。
2人の写真を他の人に撮ってもらう時には抱きついてきます。

そして今でも何故だか分かりませんが、
ゴリラを一緒に見ている時に告白されました。

外国人の方から告白されたのも初めてですし、
付き合ったことも無いので少し戸惑いましたが
真剣な彼女の表情を見て付き合うことを決めました。

言葉だけでなく、文化や考え方の違いもありましたが
彼女とは一緒にいて楽しかったですし、
中国語がかなり上達したと思います。

私が帰国する時には空港で号泣し
「日本に必ず行くから」と言って、
翌年今度は彼女が本当に日本に留学しに来た時は
驚きと共に感動しました。
今でもその時の嬉しかった気持ちは忘れられません。


海外の方と関わること

私が新卒で入社した企業の配属先が海外部門でした。海外と聞くと多くの方が欧米を思い浮かべるかと思いますが、私の担当国は主に東南アジアでした。初めのうちは私の英語があまりに稚拙過ぎて、楽しく現地からの研修生・企業内転勤者や出張者と話すことが出来ませんでした。しかし、3年程経つと仕事にも慣れたこともあり、お昼休み中に研修生が遊びに来てくれたりと楽しいお昼休みを過ごせたことを今でも明確に覚えています。
しかし、彼らと主に関わったのは仕事の上でのこと。笑えること、嫌なことやカルチャーショックも山ほどありました。
ある時、研修先のトレーナーさんから”研修生が用をたした後に、洗面台でお尻を洗っているのを見た従業員がいた。なんとかしてくれ”と苦情がありました。以前にもアジア系の研修生を受け入れたことのある部署だったので、そんな簡単なミスが起こるものかと思っていましたが、それが起こっていたのです。その研修生の国の多くの場所では、トイレットペーパーの代わりにトイレの横にバケツであったり、専用の蛇口が用意されているそうで、以前に研修生が来た時は他のトレーナーさんが専用にバケツを用意をして下さって問題が起きなかったそうです。しかし、その時の担当トレーナーさんは研修生の受け入れが初めて。私たちは研修生に関わる事務全般と職場に引き渡すまでのオリエンテーションまでが研修生と面と向かえる時間。研修時の細かい行動までは把握しておらず。
担当国の研修生と言うこともあって私が対処しなければいけなかったのですが、当時私は20代前半。とてもトイレの問題を50代の男性トレーナーさんとやり取りすることが恥ずかしくてできず、上司に説明をして対処してもらいました。
その現場に偶然出くわしてしまった他の従業員の方も気の毒だったと思います。しかし、私が上司に引き渡すまでの話をしていた際に、他の方からコッソリと笑われていたのも知っているので、あの時の恥ずかしさは忘れることが出来ません。
それでも、その”日本ではありえないのに”が、海外の方と関わることをこれからも続けていきたい、と思える原動力になっています。


7才の娘さんがとても可愛かった米軍基地でのホームステイ

忘れもしない高校時代の修学旅行。その修学旅行で米軍基地に住んでる家族の家で一日ホームステイをしました。

初めて入る米軍基地に嬉しさと緊張のドキドキ感が今でも良い思い出です。もちろん、英語なんて喋れないし上手く聞き取る事も出来ない。学ランのポケットに英単語帳を忍ばせて、友達と二人でホームステイ開始。

ステイ先のお父さんはもちろん軍人さん。なので、会えるのは仕事終わりのディナーの時のみだった。素敵な笑顔で迎えてくれたのは綺麗な奥さんと7歳の娘さんだった。

日本語が全く通じない。分かってはいたが、言葉が通じないこの状況でほぼ一日を共に過ごすという状況。限られた時間でちゃんとコミュニケーションをとれるようにメッチャ頑張った。

まぁ、簡単な会話なら通じたのでなんとかなったけど問題は普通に会話された時。本当に何言ってるかわからない。それでも、ちゃんと目を見て聞いているとなんとなく言いたい事がわかる不思議な体験をした。

しかし、そんな事を遥かに超える衝撃的な思い出がある。当時7歳の娘さんが本当に可愛かった。外人の子供はこんなにも可愛いのかと衝撃をうけた。友達も同じ感想だった。そして、英語を話せない事を悔やんだのも覚えてる。

ボーリングやドライブをした後に自宅に案内してくれて、DVDを見て談笑をした。その後にディナーだ。そのディナーの時にお父さん登場。想像通りの軍人さんが登場して萎縮したのは今でも記憶に新しい。

ムキムキの鍛え上げられたお父さんだったけど、優しい笑顔で迎えてくれた。美味しい手料理をほおばりながらアッという間に楽しい時間は過ぎていった。結局、忍ばせた英単語帳は発見されディナー時の笑いのネタにされてしまった。コソコソ見ていたのがまずかったらしい。やはり外国の人達はオープンな方が気持ちいいらしい。なにはともあれ、米軍基地にて良い思い出が出来ました!


不思議な国JAPAN

90年代の話ですが、仕事でドイツやアメリカの大学教授夫妻らを鎌倉・横浜に観光案内したことがあります。その際、江ノ電に乗りましたが、江ノ電というのは線路と民家の間がとても狭いのが特徴です。

外国人たちは、電車のすぐそばに民家が建っているのに、とても驚いていました。窓から手を出して、民家のブロック塀に触ろうとする人までいました。よほど珍しかったのでしょう。日本人でも、江ノ電のあの近さは驚きですが、外国人にとっては衝撃だったようです。その後長谷の大仏に連れて行きましたが、写真ばかり撮っていて、そんなに興味はなさそう。

ランチには、鎌倉山の●亭という会席料理の店に連れて行きました。●亭は、山一つがすべて料亭の敷地です。5万平方メートルという広大な敷地に、十三重の塔や八角堂、石造十王像、百仏崖などが点在しています。外国人たちはその景色に「オウ!」とか何とか言っていましたが、まあまあの反応。

食事は、そば会席。外国人たちには、量が少なかったかもしれません。料理よりも、盛り付けの美しさと器に興味を持ったようでした。

午後、小町通りに連れて行ったら、今度は興味津々でいろいろな店に入ろうとします。小町通りの店というのは、こじんまりした店がほとんどです。身体の大きな外国人からしたら、おもちゃみたいな感じなのかもしれません。和風の小物雑貨を売っている店は、みんな気に入ったようでした。お土産を買って満足気です。

夕方は横浜のみなとみらいに行きました。鎌倉とはまったく違う未来的な景色に驚いていましたが、それ以上に彼らが驚いたものがあります。それは「写ルンです」の自動販売機。今はスマホで写真が撮れる時代ですから、もう使い捨てカメラなんて、どこ探しても売っていませんが、当時は写ルンですの全盛期。ドイツ人やアメリカ人は、カメラが使い捨であることにまずビックリしたようです。そして、それが自動販売機で売られていたことに、さらに驚いたのです。確かに日本人でもインスタントとはいえ、カメラの自動販売機は珍しい。私もあまり見たことがありません。でもあの当時、みなとみらいの入口では売っていたのです。今はもちろん、そんな自動販売機はありません。

外国人たちには、大仏やお寺よりも、明らかに江ノ電と写ルンですの自動販売機のほうがインパクトがあったようです。不思議な国JAPANという印象が、さらに強くなったかもしれません。


英語は世界共通語?日本なら日本語?

数年前、駅の改札で困っている金髪碧眼の若い女性に遭遇しました。大きな荷物を持っていたので、一目で旅行者と分かりました。私はあまり英語が得意ではありませんが、とても困っている様子でしたので、助けてあげたいと思いました。恐る恐る
「どうかしましたか?」
と英語で話しかけました。しかし、彼女は半分パニックになっていて、私の言っていることが分からないようでした。ここで初めて、私は彼女が英語圏の人ではないかもしれないと思いました。
「英語は話せますか?」
と聞くと、案の上、彼女は首を横に振りました。実のところ、あまり流暢な英語で答えられては、私の英語力では理解できなかったでしょうから、彼女が英語が話せなくて良かったのかもしれません。

私は他に話せる外国語など有りませんので、仕方なく、ゆっくりと日本語で話しました。日本語は少し分かるようで、彼女はJR線を使いたかったのに、今いる改札は私鉄の物だったため、思った行き先が運賃表になく、パニックになっていたようでした。私は彼女を連れてJR線の改札へ行き、彼女の行き先を駅員さんに伝え、事なきを得ました。

私は、日本にやってくるような外国人だったら、みんな英語が話せると先入観を持っていました。しかし、英語が公用語ではない国も沢山ありますし、当然英語が話せない外国人も沢山いるのです。
冷静に考えれば当たり前のことなのですが、外国人を目の前にすると、つい英語で話しかけてしまいます。日本にいるのですから、日本語で話しかける方が無難なのだと、そのときつくづく思いました。


多種多様、様々な面白い世界の名前

国際的な出会いがあると、面白い名前に出会います仕事で海外へ行くことが多いのですが、
外国人の方と接していると、名前って面白いなあ、と思います。

外国人の名前で不思議なのが多いのがトルコ。
オカンさん、という関西弁で「お母さん」のような男の人の名前の方もいます。
オカンさん、と言ってるうちに間違えてお母さん、と呼んでしまったり、男だ男だって思っていたら、オトンって呼んでしまったりしました。
日本語がわかる人なので、慣れているのか笑って許してくれましたが、私ってば失礼だったなあ、と思っています。

あと、トルコの別の男性の名前で呼びづらい名前もありました。とっても良い人なのに、名前がウザイさんだったのです。
ウザイっていうのは、詳しくは忘れてしまいましたが、宇宙とかそういう感じの哲学的なすごく良い名前なのだそうです。
でも、日本語の意味を考えると、ウザイさんは呼ぶのが申し訳なかったです。

日本人の名前も外国人からしたらおかしいのがたくさんあるみたいです。
アメリカでレストランのウェイティングリストに名前を書き込む時に後藤さんという友達が、Gotoと書いたら、go toと間違えて飛ばされたり、テルミっていう友達は名前を教えてって言われてテルミって答えたらtell meと言ってるのかと思われ、「名前を教えて」「tell me。私に言って」「だから僕はジャックだってば。君は?」「だから、tell me私に言って」って何度か繰り返してしまったとか。

私のホストファミリーは、友達のジュンコを紹介したら、ジュンコが帰った後に、あの子の親は酷いわ、可哀想な子だ!って言ってるから何かと思ったら、JUNKOはoを抜かすとJUNK。ジャンクになってしまいます。ガラクタとかクズっていう意味ですが、日本語のジュンコは良い名前なんだよ、と必死で説明しました。

外国人通しで、名前って考えるだけでも結構面白く交流のネタになります。


日本食を作って国際交流

肉じゃがを作ると外人に喜ばれました外国人と交流するにあたって、面白いな、と思うのは食文化です。
学生の頃はホームステイマニアで、
たくさんの国でホームステイを体験しました。
ホームステイで行った国はアメリカ、イギリス、
ニュージーランド、イタリア、トルコです。

何処へ行っても、その国のお母さんの料理を頂くので、
やっぱりお返しに日本食で感謝の気持ちを伝えたいと思い、料理をしました。

外国人の思う日本食は寿司、天ぷらでしょう。
さすがに寿司はカルフォルニア巻や河童巻きは出来てもお魚では出来ません。
母から教えて貰った太巻きでお花の模様やパンダの模様にするのは
味云々よりも見た目にこだわる日本食文化を伝えるのに良かったです。
酢飯が嫌だって言う人も結構いましたが、見た目で喜んで貰えました。

定番の肉じゃがは、味は喜んで貰える事が多かったです。
アメリカ人のホストファミリーは、「肉じゃが」と言ったら
「ミックジャガー?!」と返され大笑いしました。
肉じゃがは、作り方を説明した時に、
どこの国の人もお砂糖を入れると言うと気持ち悪がられました。

他の国では、お料理にお砂糖は使わないので、
受け入れられない人が多いです。
一度それを学んでからは、説明する時に
肉じゃがだけでなく他のも、お砂糖と言うのをやめました。

日本では色んな料理を食べられるので、
自分が抵抗あるものはあまりありませんが
外国人の方にとって、日本食は珍しいもののようです。
また、そこから会話が生まれて、食文化の交流も面白かったです。


お国訛りの英語の愛嬌

お国訛りのある英語は愛嬌です外国人同士で英語を話すと、ちょっとオカシイ事もいっぱいあります。
私はアメリカに留学している時に
色んな国籍の英語を勉強する仲間に出会いましたが
やはり、お国訛りってレベルが上のクラスになっても抜けないものなんです。

1番イントネーションが抜けないな、と思った国は韓国です。
韓国人の友達数人と、
日本人の私と他の日本人でゲームをしていた時、
注意してなかったのもあるけれど、
韓国人達はハングルで話していると思い込んでいました。

ところが、韓国人達は私たちがいるので、気を使って英語を話していたのです。
イントネーションがハングルそのもので、韓国人同士で話してると
英語だとは分からない事もありました。

ラテン系のイタリアやスペイン、
メキシコの友達達は巻き舌が激しかったです。
Rの発音が良すぎて巻いてて面白かったです。
スウェーデンだか、北欧のお友達も巻いてたとおもいます。

では、日本人はキレイに話すのか、と言われそうですが
外国人からすると、日本人の英語は母音が入ってて嫌だって言われました。
気を付けて発音していても、気がつかないところで
母音が語尾に付いてしまっている事が多いようです。
日本語で母音のない単語はないですものね。
レベルが上のクラスになっても、発音の母音は言われました。

でも、私はお国訛りが好きです。
みんながみんな、アメリカ英語や
クイーンズイングリッシュを話す必要はないと思います。
そりゃ、理解出来ないほど酷いのは
コミュニケーションに差し支えるので問題ですが、
通訳者でもない限りは愛嬌だと思っています。

色んなお国訛りの英語を聞いてると、
国際交流してるなって感じがします。


ウクライナ人のイケメンの彼と秋葉原デート

ウクライナからの留学生との思い出話。
帰国前に一緒に遊ぼうと、秋葉原散策を私から提案。
新宿、池袋、渋谷などは行ったことがある彼。
まだ秋葉原は行ったことがないとのことだったので、案内するという体でお誘いをしました。

8月某日、電気街口にて待ち合わせ。
パッと見、めちゃくちゃイケメンな(日本でモデルをやっていたらしい)彼が、秋葉原に降臨!?
なかなかなギャップでした。笑
真夏日だったので、彼は白いポロシャツをかっこよく着ておりました。
私はピンクのタンクトップでしたが。笑

休日は歩行者天国となる中央通り(平日だったためホコテンは未実施)を横断して、秋葉原のホビー街に。フィギュアなどを一緒に見て回りました。
お友達にお土産として、ピカチューの人形を買いたいということで探しました。
が、結果よいものは見つからず(中古は嫌とのことで)、結局「侍」や「秋葉原」と書かれたTシャツを購入!笑

そのあとは、メイド喫茶らしきところに連れて行ったところ、ちょうど、アイドル(地下アイドル?)のライブが始まるとのことで、一緒に入店。
ライブ内容は割愛。笑
ライブ後は隣接する似顔絵描きさんのところで、記念に彼とのツーショットを似顔絵にしてもらいました。

ちなみに彼は、日本に留学して大学のバンドサークルに所属していたらしく、商業的な音楽は好まないとのこと。
今回見たアイドルについても、
「彼女たちは将来どうなりたいのか」「商業的な音楽活動は好きじゃない」と。

初めて彼の考えを聞いたような気がして、自分としては嫌な感じではなく、打ち解けたような気がしました。
他にもいろいろ話しましたが(今の日本の彼女との結婚について、など)、今日という日をきっかけにより仲良くなれた気がしました。
ウクライナ人の彼女が欲しいと言うような男の子もいたな~。
外人の彼女が欲しいならこことか参考になるかも。


意外と外国人に不人気の日本的な食べ物の土産

おせんべいは意外と外国人に臭いと言われて不人気です日本から、外国の人にお土産って、
食べ物のお土産の場合、喜んで貰えると思ったものが
喜ばれない事もあります。

日本的だからとおせんべいやアラレの組み合わせを渡した時は
「臭いが嫌だ」と言われました。
おせんべい独特な臭いがダメな人もいるようです。

おせんべいがダメなのか、と思ったら意外にウケたのが柿ピーです。
これはなかなか美味しいらしいです。

アンコがダメという外人も多いようです。
もちろん、大丈夫な人もいますが、
オカズに使う豆が甘いというのが受け入れられずに
気持ち悪いと思う人が多いようです。

ひよこのように、見た目がカワイイから、と選んだ時は
食べられる人と食べられない人といました。

最近の日本のお菓子は甘さ控えめなのが、
逆に不評だったりもします。
カステラを持って行った時は、
甘さが足りなくて美味しくないと言われてしまいました。

確かに、外国のお菓子をお土産にすると、
甘すぎるという日本人が多いのは
逆に考えると日本のお菓子は甘さ控えめ過ぎて、
向こうの味覚ではない、という事ですものね。

1番無難で喜ばれたのは、ジャガビーみたいなスナックとか、
白い恋人や鳩サブレのような日本的でもない美味しいお菓子です。

食べられなくても、日本的なものだよ!
とあげるのも日本のものを紹介するんだから別に良いんじゃないかな。
と思うのですが、お土産を食べて貰えなくて、
最終的に自分ばっかり食べて片付ける、といのが寂しいんですよね。


笑顔だけで通じた心の交流 英語なんかへっちゃらだ

私は、高校を卒業してすぐに、大手アパレルに就職しました。
面接のときに「今、何かされてますか?」と聞かれたので、
「はい、自動車学校に通っています」というと、
「そうですか、其れならゴールデンウィークが終わったら、
入社できるように、自動車学校は卒業してください」と言われました。

かなりゆったり時間を過ごしてしまいました。
面白い教官に会ったり、無事に卒業して出社しました。
その年のゴールデンウィークはかなり人が多かったと
リーダーに聞いたけど、なんだか申し訳なくって、
店長に「店長、ゴールデンウィークのことも知らずに、
出勤しなくて申し訳ございませんでした。」

店長は「女子高卒業したばっかりの子に、
いきなり大勢の大人から問い詰めたれたら、大変でしょう」と、
にっこり笑ってくれたのです。

私は馬車馬のように働きました。
風邪を引いても、熱があっても体温計さえ測らなければ熱はない!
と言い聞かせてました。

私には知識が周りと違って少ないのだから、
愛嬌と笑顔だと自分で決めていました。

家ではトレンドの勉強をして、
少しずつ洋服の知識も増えてきて、
半年程経った時でしょうか。
外国の方が売り場にやってきました。

全くなにを言っているかわからず、
とにかく笑ってカットソーを手に持って、
「カットソー、LIKE YOU?」と満面の笑顔で聞いてみました。

すると、首を横に振るのでどうやら違うらしい。
その、外国人の男性は自分のパンツを指さしたので、
はっと閃いて、パンツ売り場に笑顔で案内しました。

そして、「このパンツはタイトです。」
「このパンツはヘリンボーンと言って、人気・・・ popularです」と
必死に何か外人さんが気に入るものがないか走り回ってました。

すると、「あ、自分で買い物できるようになったのね」と、
可愛らしい女性がいらっしゃいました。
女性と、外国人男性は綺麗な英語で話してました。

この店はサービスが悪いって怒られれるんだろうと思いました。
しかし、女性からは「ありがとう!一生懸命さに嬉しかったって、
あと笑顔でいてくれたから私といなくても落ち着いたって」

その後、私が紹介した商品を全部購入されて、レジに行きました。
レジ担当には任せて、おつつみ係に入りました。
レジの人に「このパンツ、すそ上げなくていいの?」と聞かれて、
私は「YES!!!”」と答えてしまいました。
みんな笑ってました。

レジが終わり、エントランスまでお二人をお見送りしたとき、
「ユキちゃんなら、英語上手くなりそう。
そしたら、アメリカ遊びにおいでよ』という言っていただきました。
素直に嬉しかったです。


憧れのフランス旅行で出会った韓国のビジネスマンの思い出

子どもの頃読んだマンガの影響で、
大人になってお金を自分で稼ぐようになったら、
絶対にフランスに行ってみたいと思っていました。

そして、それが初めて叶ったのが大学を卒業した翌年の事でした。
同じようにフランスに行くことを夢見ていた友達と、
夏のボーナスをすべて注ぎ込んでフランス旅行に行くことにしたのです。

子どもの頃は”ベルサイユ宮殿に行きたい”とだけ思っていたのですが、
20代のОLともなるとそれだけでは夢は終わりません。

エッフェル塔にものぼりたいし、美術館も行きたい、
そしてもちろんショッピングも・・・
と旅行が近づくにつれて夢は膨らんでいきました。
特に、旅行を予約したのが秋という事もあり、
丁度美味しい物であふれている時期だったので、
何よりグルメを楽しみにしていました。

せっかくなので、普段はいけないような
豪華なレストランに行ってみようということになり、
日本でも聞いた事のある三ツ星レストランを予約することにしました。

秋になり、いよいよフランスに出発することになりました。
現地では特にトラブルもなく、
行きたい場所もほぼ網羅できて、
楽しい時間はあっという間に過ぎていきました。

そして最終日の夜、予約をしていた三ツ星レストランに
友達と二人で行くと、ギャルソンの方が快く迎えてくださいました。

しかし店内を見渡すとカップルだらけで・・・
そうか、ここはヨーロッパだったんだ・・・
女性二人だけでこういったレストランを利用するのは、
ありえない事なのかもしれない・・・と少々気まずい思いをしました。

まあ、せっかくだしお料理を楽しもうとメニューを見ていた所、
相席と言っても良いくらいの横並びの席にアジア人の
ビジネスマンらしき二人組の男性が案内されて着席しました。

店内はカップルだらけだったので、
おそらく店側の配慮があってこういった座席になったと思うのですが、
なんとなく会話をしないのも変なような雰囲気でした。

すると、あちら側の男性がメニューを指さして
片言の英語で”何を頼みましたか?”と言うような事を聞いてきました。
同じ日本人かと思ったのですが、
どうも韓国の方だったようで、
出張の記念に三ツ星レストランに来てみたが
メニューがさっぱりわからない・・・というような事を話していました。

共通の言語が英語しかない状態でしたが
(そして、どちらも片言の英語のみでしたが)
なんとか会話がなりたち、
女性だけで(あちらは男性だけで)の気まずい雰囲気が、
一気に和らいできました。

お互いに翌日帰国という事もあり、
残念ながらその後の出会いへ通じる物にはなりませんでしたが、
それでもフランスというと
あの時一緒にお食事をした男性たちの事を思い出します。
少しでも英語がわかれば、国が違っても会話ができるという事がわかり、
とても嬉しかったのです。


当たり前だから新鮮な疑問

私は大学時代にフランスのパリに一年間留学していました。

当初フランス語も覚束ず、
なかなかコミュニケーションがとれないでいましたが、
日本語を学んでいるフランス人の友人たちは
とても温かく接してくれました。
中には随分日本語が堪能な学生さんもいて、
顔を見なければ日本人かと思ってしまいます。

そして時々、彼らから日本語に関する色々な質問を受けました。

「”ある”と”いる”の違いは?」
「男で”私”っていうのはおかしいの?」
「ますとですの使い分けは?」

など、日本人なら当たり前過ぎて思いもよらないことばかりでした。
そのため、うまく答えられず頭を抱えてしまうこともしばしばでした。
でも、そうやって日本語について改めて考えてみることは
なかなか興味深く、楽しいものでした。

さらに、逆に私も彼らに、フランス語に関する質問をぶつけていました。

「大過去と半過去の違いって?」
「どうしてネクタイが女性名詞なの?」
「文法的には合っているのに、
どうしてこの言い方はしないの?」
など、フランス人にとって、
おそらく当然過ぎて考えたこともない質問ばかりで、
困らせてしまったことでしょう。
それでも彼らなりに考え、丁寧に教えてくれました。

留学生活での経験を経て、私は日本語教師になることを決意しました。
何気ない言葉への疑問が、私をここまで突き動かしたのです。

今では大勢の外国人に囲まれ、日本語教師として奮闘しています。
彼らの疑問は常に新鮮で、逆に私が「教えられる」こともしばしばです。